香料素材

【Musk】絹の様に繊細で暖かみのあるムスク

かよこ

シゲさん、香水の香調を見ているとほぼ全ての香水のベースノートに「ムスク」や「ホワイトムスク」と書かれているのを見かけます。ムスクの香りって、香水だけじゃなくて石鹸や洗剤、柔軟剤まで幅広く使われている良い香りの印象がありますけど実際はどうなのでしょうか??

ムスク香料の特徴や使い方、安全性などについて教えて下さい!!

シゲ

こんにちは!! 香料研究者のシゲです。
ムスク香料は、ほとんどの香水や日用品の香りに使われている重要香料素材の一つです。著者も香水を評価している時に隣の方が店員さんに「ムスクの香りが好き」や「ムスクの香りが感じられる香水が欲しい」などお話ししていることをよく耳に致します。香りが好きな人達にとってムスクの香りは非常に心地良く、愛すべき香りだと思います。

今回は、魅力的な香りで残香性にも非常に優れたムスクの香りについてご紹介致します。ムスクの香りは、柔らかな肌や艶やかな髪を表現する重要な香料成分として香水や日用品にも使用されているので、本記事を参考にご自身の好みに合ったムスク香を探して頂けれると幸いです。

Musk (ムスク香料)の概要

Musk Deer
Capture Image

ムスク香料とは??

ムスクは、鹿によく似たジャコウジカから採取される香料原料です。ジャコウジカの雄の腹部近辺には蜜柑大の巾着袋の様な香嚢があり、交尾期が近づくとジャコウ腺から特有の匂いを分泌して雌を引き付けます。この匂いがムスク(麝香)の香りの由来となっています。古くは、雄のジャコウジカを殺して腹部の分泌腺(ジャコウ腺)を乾燥して商品として販売していました。しかしながら、絶滅に瀕した野生動物の筆頭として国際的に手厚く保護する必要があるため、現在はワシントン条約で商業目的の国際的取引は原則として禁止されています。

ムスクの香りは、『パウダリーな甘さとアニマリックな暖かみ、清潔感が感じられる香り』です。なんとも言えないフェロモンの様で、なぜか匂いに惹かれてしまうといった魔性の魅力を持っています。ムスクの香りに関しては、特に女性が敏感に反応や検知出来ると言われ、男性には嗅盲(特定の匂いを感じない)の場合もあります。雄のジャコウジカが雌を引き付けるために分泌する香気成分と考えると、女性の方が敏感にムスクの香りを検知出来ることは納得出来ます。

ムスクの香りで最も重要な香気成分となるのが、l-Muscone (エル-ムスコン)』と呼ばれる化学物質です。l-Musconeは、ドイツの化学者Walbaum氏が1906年にジャコウジカから得られる天然ムスクから分離し、重要香気成分として報告された化合物です。実際、優れたムスク香を有しており、天然ムスクの香気成分の解明や探索に関心が持たれる様になりました。一方で、ムスクの香りを持つ化合物の人工的な合成も精力的に進められる様になり、現在の合成ムスク香料素材の大きな発展へと繋がっています。

Chemical Structure of Muscone

dl-Muscone (ムスコン) **l-体はメチル基がR配置
CAS No. : 10403-00-6 / 541-91-3(ラセミ)
ジャコウジカから単離されたムスク香の重要成分

天然ムスク香料

ジャコウジカから得られる天然のムスク香料は、ワシントン条約で保護されていることから国際的に利用することは出来ません。中国ではジャコウジカを麻酔で眠らせた状態で殺さずに採取する方法も検討されていますが、需要に満たないことや動物愛護の観点からもまだ課題があるのが現状です。

天然ムスク香を利用する唯一の方法は、アンブレットシードから得られる精油です。アンブレットシードはハイビスカスの仲間であるトロロアオイ属の植物の種子で、別名でムスクシードとも呼ばれる様にムスクの香りがする希少な植物です。原産地であるアジアではスパイスとして、中東ではコーヒーの香り付けにも利用されています。

Ambrette Seeds

アンブレットシード精油がムスク香を有するのは、ムスク香を持つ重要成分として(7Z)-Ambrettolide(アンブレットライド)が含まれているためです。この化合物は現在の主流となるムスク香を有する大環状ムスクと類似の化学構造をしており、アンブレットシード精油に約10%程含有されています。また、天然物として(6Z)-Ambrettolideも含有されていることも報告されています。

合成ムスク香料素材

ジャコウジカから得られる天然ムスクが1979年にワシントン条約で保護されてから合成ムスクの開発や使用が精力的に進められる様になり、現在の合成ムスク香料素材の大きな発展へと繋がっています。合成ムスク香料素材は化学構造の違いによって大別され、ムスク香を有する以外にも構造毎に特徴があります。ここでは、合成ムスク香料素材に関して詳しく見ていきましょう。

ニトロムスク (第1世代Musk)

最も古くに開発された合成ムスク香料素材は、『ニトロムスク』です。ニトロムスクは天然ムスクが有するパウダリーな印象を非常に良く再現しているのが特徴的な合成ムスクです。ニトロムスクの開発は、1888年に爆薬として利用されていたTNT(tri-Nitro Toluene)の改良で合成されたムスクバウアが香料用途としての有用であることが発見されたことに由来しています。その後、Givaudan社が類縁化合物を合成してニトロムスクがムスク香を有するための分子構造の一般則を見出しています。

ムスク香を有する優れた類縁化合物として利用されたニトロムスク化合物はそれほど多くはない。現在では使用が禁止されている「ムスクアンブレット」や「ムスクキシレン」があり、一部使用されている「ムスクケトン」が知られている。ムスクキシレンは安価で優れたムスク香を有するので香水や日用品で広く使われていたが、難分解性で生体内や環境に蓄積する懸念から欧州化学機関(ECHA)とIFRAによる規制があるので現在は世界中で使用が禁止されている。また、欧州化学機関(ECHA)の調査では発癌性の疑いがあることも報告されている。

「ムスクケトン」は、現時点でニトロムスクとして利用出来る唯一の化合物です。しかしながら、ムスクケトンもムスクキシレン等と類似の化学構造なので同様の難分解性が指摘されています。現時点では香料用途での使用は禁止されてはいませんが、環境や人体への影響を考慮して香料会社や日用品メーカーの多くは自主的に使用を禁止している香料素材です。優れたムスク香を有する香料素材ではありますが、ムスクケトンが使用される製品もいずれはなくなると思います。

Chemical Structure of Musk Xylene

Musk Xylene (ムスクキシレン)
CAS No. : 81-15-2
難分解性(PBT)のため現在は世界中で使用禁止

Chemical Structure of Musk Ketone

Musk Ketone (ムスクケトン)
CAS No. : 81-14-1
不純物Musk Xyleneを0.1%以下にする必要あり

多環状ムスク (第2世代Musk)

次に開発されたムスク香料素材は、ニトロ基を持たない『多環状ムスク』です。1990年代前半から盛んに研究がおこなわれてきました。ニトロムスクはニトロ基を持つことから製造上の安全性に懸念があるので、より安全に合成・製造することが求められたのだと思います。多環状ムスクはムスク香を有すると共に肌や髪といった対象物への残存性が良く、残香性にも優れている点が魅力の一つです。また、製品中での安定性も非常に高いので製品用調合香料で多用されてきました。世界的に最も使用されている多環状ムスクは「Galaxolide (ガラクソライド)」で、1年間で7000ton使用されていたこともあります。
しかしながら、多環状ムスクの欠点としてはニトロムスクと同様に難分解性であることが挙げられます。近年の環境に対する配慮や企業のESGに関する取り組みによって、多環状ムスクも香料会社や日用品メーカーの自主規制の対象となっています。特に、香料の使用量が多い洗剤や柔軟剤ではP&Gや花王、ライオンといった企業が率先して多環状ムスクを使用しないことを宣言して環境保護の取り組みを進めています。

Chemical Structure of Tonalide

Tonalide (トナライド)
CAS No. : 1506-02-1
甘さのあるWoody香がやや強い、Muskの香り

Chemical Structure of Galaxolide

Galaxolide (ガラクソライド)
CAS No. : 1222-05-5
甘いFloral, Woody香を併せ持つMuskの香り

大環状ムスク (第3世代Musk)

現在、香水や日用品に使用されているムスク香料素材が『大環状ムスク』です。大環状ムスクの特徴としては、ニトロムスクよりも人体への安全性が高く、多環状ムスクよりも生分解性に優れているので人体や環境への影響が少ないことが挙げられます。ニトロムスクや多環状ムスクは河川に流れても分解されることなく蓄積しますが、大環状ムスクは易分解性なので河川に生息する微生物によって分解されるため蓄積性が低いと言えます。

大環状ムスクの研究開発は、ジャコウジカの香嚢から単離された天然ムスクの重要香気成分であるl-Musconeの単離から始まりました。また、アンブレットシードに含まれる天然ムスク香気を有する(7Z)-Ambrettolideも同様に大環状ムスク化合物の仲間です。つまり、大環状ムスクの化合物は天然のムスク香を再現するために必要不可欠な香料化合物と言えます。ムスク香を有する化合物の研究開発は、今現在も香料会社が最も注力している分野の1つです。

Chemical Structure of Muscone

dl-Muscone (ムスコン) **l-体はメチル基がR配置
CAS No. : 10403-00-6 / 541-91-3(ラセミ)
ジャコウジカから単離されたムスク香の重要成分

(7Z)-Ambrettolide (アンブレットライド)
CAS No. : 123-69-3 (6Z- : 7779-50-2)
6Z-体と同様に天然に存在するムスク香気成分

(9E)-Ambrettolide (アンブレットライド)
CAS No. : 28645-51-4
汎用の合成ムスク香料、別名iso-Ambrettolide

大環状ムスクは、大きくケトン型とラクトン型の2つに大別することが出来る。実際は違うのですが、化学構造に詳しくない方は簡単に酸素原子(O)を1箇所持つムスコンはケトン型、酸素原子(O)を2箇所持つアンブレットライドはラクトン型と覚えて下さい。

大環状ムスクで香水や日用品といった幅広い製品に使用されているのは、『ラクトン型の大環状ムスク』です。ラクトン型の大環状ムスク素材は、安価で大量に製造することが可能という特徴があります。特に使用されているのが「Ethylene Brassylate」、「Pentalide」、「Habanolide」の3つです。香水や日用品のムスク香には、この3つが使われている可能性が高いと言えます。ラクトン型の欠点としては、ケトン型と比較してムスク香の特徴と香り強度が弱いので調合香料の処方に量を多く配合する必要があります。

『ケトン型の大環状ムスク』は、ラクトン型よりも製造が難しいので高価で香水や製品に大量に使用することが出来ないムスク素材です。しかしながら、ラクトン型よりも天然のムスク香に近く、少量でムスクの香りの特徴を主張することが出来ます。香水や日用品に使用されているケトン型の大環状ムスクとしては、「Muscenone」が最も多いのではないかと思います。

ラクトン型、ケトン型の大環状ムスク共に各香料会社が製造・販売をしています。各香料会社と大環状ムスク、脂環式ムスクの関係は下記の様にまとめることが出来ます。近年では中国企業の参入や曽田香料の「Polvolide」の開発等がありましたが、大手香料会社の研究開発がまだまだ盛んな領域です。

Synthetic Musk Chemical

脂環式ムスク (第4世代Musk)

最後は、これまでの第1~3世代のムスク香調の素材とは少し違った特性を持つ『脂環式ムスク』です。ニトロムスクや多環状、大環状ムスクはムスク香を有すると共に肌や髪、洗濯物への残香性を付与することを特徴とした素材でした。脂環式ムスクの残香性は他のムスク素材よりも大きく劣ります。しかしながら、脂環式ムスクは揮発性が他のムスクよりも優れるのでフローラル香調等のミドルノートをリフトアップすることが出来ます。つまり、フローラル等のメイン香調の良さを引き立てて香りを魅せることが出来ます。最近の香水や製品用量では、フローラル等のミドルノートと大環状ムスクを繋ぐ様な形で脂環式ムスクが使用されている場合が多いです。

Helvetolide (ヘルベットライド)
CAS No. : 141773-73-1
Floral香調等の良さを向上、大環状ムスクと併用

まとめ

ムスク香調 (Musk)のまとめ
  • ニトロムスク (第1世代)
    現在使用出来るニトロムスクは、Musk Ketoneのみ
    難分解性のため人体や環境への影響がある
    香料会社、日用品メーカーでは自主的に使用を禁止
  • 多環状ムスク (第2世代)
    香水、日用品に大量に利用されてきたムスク香の素材
    難分解性のため環境への配慮が必要
    香料会社、日用品メーカーは自主的に使用制限を実施
  • 大環状ムスク (第3世代)
    現在、香水や日用品で主に使用されているムスク香の素材
    残香性に優れており、肌や洗濯物への清潔感を付与する
    易分解性で環境への影響が少なく、人体への安全性も高い
  • 脂環式ムスク (第4世代)
    残香性を重視した従来とは異なる新しいムスク香の素材
    フローラル香等のミドルノートを助長する役割を持つ
    大環状ムスクと併用することで拡散性と残香性を両立
シゲ

パウダリーな甘さと人肌に漂う暖かみ、そして相手を惹き付ける官能的なムスクの香りは誰からも愛される香りです。私も人肌や髪からムスクの香りがすると魅力を感じることを抑えることが出来ません。多くの人がムスクの香りに魅了されることは仕方のないことなのでしょう。

一方で、ムスクの香りは常に化学技術の発展と共に変化してきました。天然のムスク香を再現するために合成技術を発展させ、多くの香水と製品にムスクの香りを付与するために合成香料を提供してきたのです。現在は、環境や人体に配慮された大環状ムスクが主流となり、この流れはしばらく続くでしょう。ぜひ、正しい知識を理解して魅力的なムスクの香りの世界を楽しんで頂ければと思います。

本記事を読んで頂いた方々に香水や製品に使用されている大環状ムスク素材という合成香料に関する安全性と知識を正しくご理解頂ける助けになることを願っております。

参考文献

  • 中島基貴 偏著 『香料と調香の基礎知識』産業図書 1995年
  • 日本香料協会 『香りの百科』 朝倉書店 2009年
BIRTHDAY FRAGRANCE

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